当研究室では、レチナールを含む膜タンパク質であるバクテリオロドプシン(bR)の励起状態における異性化機構を研究対象としています。bRは光駆動分子ポンプであり、光エネルギーを用いて膜の内外にプロトン勾配を作り出しATP合成を行います。反応の最初の段階は、吸収した光子のエネルギーによるレチナールのトランス→シス異性化ですが、この異性化は特定の場所でしか起こりません。シス/トランス異性化の確率は64%、残りの36%は副産物を生じることなく元のトランスの状態へ戻ります。この高い選択性を解くカギは励起状態の構造にあります。
フェムト秒吸収分光
ピコ秒時間分解分光
高感度近赤外蛍光分光
高感度時間分解蛍光分光
励起分子の寿命は0.5ps(=10-12s)程しかない。その寿命のうちに構造を調べてしまおう方法がフェムト秒分光である。東京大学小林孝嘉研究室との共同研究において、実用可視光パルスとしては世界最短の<5fs のパルスを用いてbRの励起状態の挙動を調べたところ、光吸収において結合性のπ軌道の電子が反結合性のπ*軌道に昇位するにもかかわらず、異性化反応はすぐには起きず、生成物に変化する途中の遷移状態(ポテンシャルエネルギー極小の過渡種ではない)が捕らえられた。レチナール部分はおよそ 200fs の周期でねじれ振動を数回起こしたあと、異性化した。従来の分光(30〜300fs)では知る由も無かった過程である。
これについてより詳しく知りたい方は2001年のNatureの Vol. 414, pp. 531-534, をご参考ください。
ピコ秒オーダーの速い反応を調べるための特別な高速分光装置の開発、製作を行っている。これは、パルスレーザーを超高速ストロボ光源とする分光系であり、1ピコ秒のシャッタによる撮影に相当する。1本のパルスレーザー光を二つに分け、その一方(緑色)で石英製セル中のロドプシン分子を照射し、反応を起こす。もう一方を反応生成物が吸収する波長(赤色)に変換し、生成物の濃度を測定する。緑色光と赤色光の試料への到達時間差を変えることで、異性化反応が生じる時刻を知ることができる。光は1秒間に3x108m進む。従って、1ピコ秒後の様子を知るためには赤色光を0.3mm遠回りさせれば良い訳である。
現在、1ピコ秒から1キロ秒にいたる広い時間領域の生体反応を研究対象としている。

レチナール蛋白は励起状態からの反応が速いので蛍光量子収率が極めて低い(<10-4)。特にbRでは近赤外に発光するため蛍光スペクトル自体が確立されていなかった。当研究室では、超高感度測定装置を開発し、bRや類似レチナール蛋白ばかりでなく、それらの反応中間体の正確な蛍光スペクトルを測定し、蛍光状態の帰属(Bu型)を明らかにした。
高度好塩菌はbRを用いて細胞膜の内から外にプロトンをポンプすることが知られているが、bR以外にも生理的活動によるpH の変化が並行して起こる。生きた菌そのものを用いてbRによるポンプ作用を実証した例は無い。当研究室では、蛍光性pH 指示色素をもちいて、bRの光反応に同期するpH 変化成分だけを測定する事に成功、bRを用いて細胞膜の内から外にプロトンをポンプすることを実証した。